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2007年1月21日 (日)

2006アウェイ鹿島戦でワシントンのサインを貰う!?

2006年8月19日アウェイ鹿島戦は某旅行会社さんのバス応援ツアーを利用して参戦しました。
行きのバスの中、お決まりの「レッズクイズ」企画がありました。テスト形式で問題に解答して、帰りのバスで結果発表し、成績優秀者5名に商品が当たるとのこと。
問題はたとえばこんな感じ。
Q.カシマスタジアムの所在市名は?
 これは「鹿嶋市」なのですが、つい「鹿島市」と書きそうなところがポイント

Q.本日の先発メンバーを予想してください。
 この時のポイントは「怪我で離脱していたワシントンが復帰するか」でした。
A.
GK 1 山岸 範宏
DF 20 堀之内 聖
DF 4 田中 マルクス闘莉王
DF 2 坪井 慶介
MF 14 平川 忠亮
MF 13 鈴木 啓太
MF 17 長谷部 誠
MF 8 三都主 アレサンドロ
MF 18 小野 伸二
FW 11 田中 達也
FW 21 ワシントン

Q.昨年アウェイ鹿島戦で同点ゴールを決めた選手は?
A.ポンテ(アレックスの絶妙のグラウンダークロスに飛び込む)
 「そんなの忘れもしませんよ。」と少し余裕をかましたのです。

しかし、ここで難しい問題が出てきたのでした。

Q.レッズの1点目は誰が取るでしょうか?
A.小野伸二(ワシントンがヘディングで落としたボールを左足ダイレクトで突き刺す)
バスの中で見たビデオ。伸二がカシマスタジアムで素晴らしいゴールを決めて快勝した試合でした。今年のさいたまスタジアムでもゴールを決めており、「伸二は鹿島戦に強い!」これに賭けました。(天皇杯でも決めてくれましたね)

その他では
Q.レッズ一人目の交代で出てくる選手は?
A 山田(長谷部OUT)
このころは山田は不安定な時期でしたね。

Q.山岸と曽ヶ幡とどちらが年上か?
A 山岸(1つ違い)
そんなの知るか!

など色々ありました。

バスに戻る道すがら、「そういえば、伸二のゴール当てたなー」「あれ、一人目の交代山田って書いたっけ」もしかして・・・。

なんとこのクイズ全問正解という快挙を達成して、ツアー参加の皆さんの尊敬!?を一身に集めたのでした。

ここで頂いたトップ賞がこれだったのです。

Washington2_1

Washington1_1

バスのフロントガラスに貼ってあったツアーポスターにワシントンのサインがしてあり、それを賞品としていただいたのです。
試合も引き分けとはいえ0-2を追いつき、選手もサポーターも燃えた一戦のあとだったのでとても気分が良かったです。
私は選手のサインなど全く興味がないのですが、2006年アウェイ鹿島戦の熱い思い出として大事にするつもりです。

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2007年1月10日 (水)

オジェックサッカープレイバック

オジェックは浦和初めての外国人監督だった。
浦和サポーターが初めて本当に誇りに思えたチームを作ってくれた。
オジェックは浦和に「規律」を植えつけた。
「プロ魂」を植えつけたと言ってもよい。
その伝道師は「ギド・ブッフバルト」と「ウーベ・バイン」
サッカーはいたってシンプルに整理された。

①中央後方にはギドが仁王立ち。遠くからすべり始めるギド流スライディングタックルで同時に二人くらいふっ飛ばし、奪ったボールをウーベへ(時にそのままドカドカとドリブルで中央突破。何故か取られない)
②ウーベは裏に走る福田やサイドに流れる岡野へパス
③危なくなったら明確にクリア
スピードを活かしたカウンターサッカーだった。

ただのカウンターサッカーではない。
福田全盛期&野人最速期
これは強烈だった。

エメ&タツとどちらが早いですかね?
豪快さ、興奮度は福田野人。得点力はエメタツですかね。

最近アーセナルのアンリが一人スルーパスからゴールを決めたようですが。「一人スルーパス」の元祖は岡野選手です。

アンリはすべて計算されたプレーですが、岡野選手が凄い所ははすべて「ミス」から起きた偶発的なところです。
スペースにパスを出したのはいいが、受け手が誰もいないことに気がつき慌ててボールを追いかけて追いついてしまったというのがスゴイ。

これが1995年?オフィシャルビデオで見られます。必見!ついでに、岡野選手伝説のプロ初ゴールも見られたと思います(トラップミスがゴールに入ってしまったそれです)

ウーベバイン。
これが今でも私のアイドル。
子供とサッカーおじさんには大人気でした。あのスルーパスには本当シビレていました。福田の得点王はウーベのパスから生まれたと言ってもよいでしょう。

伝説となっている「ギド怒りのゴール」(96年?駒場ガンバ大阪戦)
そのゴールはウーベとのワンツーで決めたものですが、その時ウーベが受けてギドへ返す際に瞬間「タメ」を作ったのです。その「タメ」があまりに絶妙!何度ビデオを繰り返して見たものか(オタク?)「怒りのゴール」にはウーベの伝説でもあったのです。これが1996年?オフィシャルビデオでも見られます。必見!

オジェック、ウーベ最後の試合は天皇杯国立。ゴール裏など1万人残りお別れ会。最後にオジェック胴上げ。私はゴール裏最前列でウーベと握手してもらいました!(それ以来手を洗っていません)

大きく話がそれてしまいましたが、それほどオジェックのサッカーには良い思い出があるのです。ぜひ95.96年頃のオフィシャルビデオを見てください。もちろんレベルは今の方が高いですが駒場や国立でのサポーターの熱狂度が感じられると思います。

さてオジェック。
あの頃と状況はあまりに違います。今度はどんなサッカーを見せてくれるのでしょうか。

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2007年1月 9日 (火)

ジェフ千葉 阿部選手移籍報道について

「阿部選手が浦和へ移籍確実」などの動きに
千葉サポーターが引き留めのたの行動を起こしている。

"stop the 勇樹 & 坂本"と題して専用のWEBページを設けている。

千葉は毎年主力選手が移籍していき、そのたびにサポーターも悲しい思いをしているようだが、「現キャプテン&現日本代表」の移籍話はこれまでで一番ショックであろうと心中察するところである。
しかも、よりによって大嫌い?な「浦和」が有力移籍先になっているとなると、これまたなおさらのようである。

千葉サポーターの代表的な意見はこうだ
・海外移籍なら良い(仕方ない)が、国内移籍はやめて欲しい。
・国内移籍しても成長しないのでは。
・我らが千葉のシンボルは渡せない。みんな悲しむ。
・千葉にはあなたが必要。
・浦和など行って何がいいのだ。千葉で優勝を目指してくれ。それが成長の道だ。
・千葉のどこが嫌なのだ?

とあるが、阿部選手が「何故移籍をしたいのかが分からない」ことに途惑っているようだ。
確かにそうかもしれない。
私も素朴な疑問として、なぜ千葉の主力選手にオファーが集中し、しかもことごとく移籍してしまうのか・・・。

それに対して浦和サポーターは静観しているが、
「来たら嬉しいけどどう使うんだ?」
「それよりセンターバック、サイドはどうするんだ」
などとオファーしているクラブ側の意図も良く分からない状況。

浦和では山瀬選手がマリノスへ移籍した時が少し似ている状況かもしれない。しかし、結局浦和サポーターはあっさりしたものだったと思う。私など移籍金で納得してしまったくらいだ。ましてやエメなどそうだった。

さて、結末は近々分かるようなので期待して待っていましょう。

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2007年1月 8日 (月)

ギドありがとう!

ギドがドイツに帰ってしまった。
これが2回目のさよならです。

浦和レッズに多くの功績を残したギド。
選手として監督として。
その中で最大の功績は「Pride of Urawa」だったと思う。
これをサポーター含めてクラブ全体に沁み込ませていった。

ギドの素晴らしさは、「現場をわかっている」ということにあると思う。
人心を掌握し、豪華な控え選手の力を発揮させたことにつながっているのでは。
例えばこの前の天皇杯決勝。あの試合は「監督の差」だった思う。

点が欲しい後半。
ギドは切り札に「信頼関係が強い」長谷部、岡野をベンチ置くことができズバリ結果を出した。
対して西野監督はフェルナンジーニョ一人とてベンチに座らせることができない。
フェルナンジーニョが切り札でベンチにいたら。いやだったな。
一年間、二人が残してきた足跡の差が最後に出たのだと思う。

ギド語録はたくさんある。
その中で特に一つ、何故か心に残っている言葉がある。
2004年だったかな、優勝がかかった大事な試合の前にインタビュアーが
「次の試合、サポーターからもいつも以上の応援が欲しいですよね!」に対してギドはこう言った。
「彼らにあれ以上何を求めるというのだ?彼らはいつも全力だ!いつも通りにお願いします」と。

私はこの言葉に参ってしまった。俺たちサポーターのことを分かってくれている。
という嬉しさと、手は抜けないという決意が相まって、ひどく奮い立った覚えがある。

「さて3度目は?」なんて思うな浦和サポーター。
少し休ませてあげないと。
ギド本当にありがとう!

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